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HISTORY TOPICS

ヒストリー・トピックス

ゲーム業界の歴史を振り返るコラム
各年代の出来事とともに、
当時のゲームの立ち位置や魅力・文化を紹介。

1985年~1989年
体感ゲームブームの到来

大々的な社会現象を巻き起こし、現在のテレビゲーム文化の礎を築いたといっても過言ではない、ファミリーコンピュータ(ファミコン)ブーム。1983年に任天堂より発売されたその家庭用ゲーム機の人気は、『スーパーマリオブラザーズ』(1985年/任天堂)の登場により、さらに加速していくことになる。

ファミコンブームに火がついた1985年といえば、“科学万博 つくば’85”が開催され、また初の日本人宇宙飛行士・毛利衛氏、内藤(向井)千秋氏、土井隆雄氏の3名が誕生(選出)した年でもある。さらには、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』が公開され“フューチャー現象”と呼ばれるブームが到来。空飛ぶスケボーの“ホバーボード”や、自動でヒモが締まるナイキのスニーカーなど、さまざまな未来のガジェットに心を躍らされた人も多いのではないだろうか。

このように1985年は、“コンピュータ”、”科学”、“宇宙”など、ハイテクかつ未来的なキーワードが目立った時代であった。

そんななか我らがセガは、同年(1985年)“セガ・マークIII”を世に送り出し、アーケードゲームと平行しながら家庭用ゲーム機の分野にも注力していったのである。

なお当時の家庭用ゲーム機は、「ゲームセンターのゲームが家庭で遊べる」というのがウリのひとつでもあった。カセットを差し替えるだけで、『スペースインベーダー』や『ドンキーコング』、『ゼビウス』など、人気アーケードゲームが楽しめたのはまさに衝撃で、かくゆう筆者も、毎日のように学校から帰ってきては友だちの家で遊んだものである。

そんな、家庭用ゲーム機の普及、およびムーブメントにより、これまで隆盛を誇っていたアーケードゲームカルチャーに若干の陰りが見え始めたもの事実だ。そのような状況のなか、彗星のごとく登場したのが世界初の体感ゲーム『ハングオン』(セガ/1985年)だ。

説明は不用だと思うが、『ハングオン』はGP500をモチーフにしたバイクレースゲームである。バイクのカタチを模したライドオンタイプの筐体(シットダウンタイプの筐体もある)にまたがり、体重移動でバイクを左右に傾けながらコーナーを曲がっていく、その独特のインターフェイスは当時のゲーマーたちの度肝を抜いたものである。

余談だが、筆者が初めて『ハングオン』に触れたのは、とあるボウリング場のゲームコーナーだった。思いっきり体重をかけても倒れないか心配しつつ、恐る恐る筐体を倒して遊んだ思い出がある。なお、アーケード版『ハングオン』のリリース後、半年もしないうちにセガ・マークIII版の『ハングオン』が発売されたのにも驚きだった。当時ファミコンしか所有していなかった筆者は、「セガのアーケードゲームがすぐに家で遊べるなんて、セガ・マークIIIユーザーはいいなあ」と羨ましく思ったものである。

世界初の体感ゲーム『ハングオン』筐体(1985年)

……話を戻すと、ゲームセンターに新風を吹き込んだ『ハングオン』は、家庭用ゲーム機との差別化戦略として成功し、その後セガは『スペースハリアー』(1985年)『アウトラン』(1986年)『アフターバーナー』(1987年)とヒット作を連発し、体感ゲームブームを巻き起こしていくのである。なお、『ハングオン』を含め、いま紹介したすべての作品のゲームデザインを担当したのは、ご承知のとおり元セガの鈴木裕氏(現・YS NET代表取締役社長)である。

なお、この体感ゲームブームは、大きく飛び火し、その後他社からは、『WECルマン24』(1986年/コナミ(現・コナミデジタルエンタテインメント))や、『ビックラン』(1989年/ジャレコ)などといった、さまざまなムービング筐体の作品も生まれている。

(左)『スペースハリアー』筐体(1985年)(中)『アウトラン』筐体(1986年)
(右)『アフターバーナー』筐体(1987年)

そしてこの時代にアーケードゲームカルチャーを盛り上げたセガのもうひとつの功績を忘れてはならない、そう『UFOキャッチャー』(1985年)の登場だ。現在における、プライズゲーム機の代表格でもあり、他社製のクレーンゲーム機およびプライズゲーム全般の総称としても用いられている。また、別の機会に触れることになると思うが、1990年代にかけてこの『UFOキャッチャー』は空前のブームを生み出していく。

翌年の1986年、さらにセガはビンゴ系メダルゲーム『ワールドビンゴ』をリリースし、1988年には競馬をモチーフにしたメダルゲーム『WORLD DERBY』を稼働させる。前者はその後のビンゴ系メダルゲームの定番となり、後者も同じく現在のメダルゲームコーナーになくてはならない存在となっている。

『UFOキャッチャー』筐体(1985年)

黎明期においては”不良の温床”とも呼ばれていたゲームセンターだが、『UFOキャッチャー』『ワールドビンゴ』『WORLD DERBY』など、そのライトでキャッチーなゲーム性が受け、女性やカップルなどのカジュアルユーザーがさらに増加し、暗かったゲームセンターの雰囲気を改善する立役者の一員となっていった。

正直、家庭用ゲームの分野ではファミコンブームの陰に隠れてしまった感もあるセガだが、アーケードゲームのフィールドでは、このように競合他社を寄せ付けない圧倒的なクリエイティビティを持っていたのである。

『WORLD DERBY』筐体(1988年)

文・ローリング内沢/2016年10月07日掲載

1985年~1989年のおもな出来事

  • 1985年

    • 日本航空123便が群馬県・御巣鷹山に墜落
    • 電電公社(現・NTT)と日本専売公社(現・JT)が民営化
    • 神田正輝さんと松田聖子さんが結婚
  • 1986年

    • 英チャールズ皇太子とダイアナ妃が来日
    • 伊豆大島の三原山が噴火、全島民に避難命令
    • 社会党の委員長に土井たか子氏が選出、初の女性党首に
  • 1987年

    • 石原裕次郎氏が死去
    • ファミコンの国内出荷累計が1000万台を突破
    • 衣笠祥雄選手(広島カープ)が連続試合出場2131の世界新記録を樹立
  • 1988年

    • 世界最長となる青函トンネル(53.85キロ)が開通
    • 国内初となる屋根付き球場、東京ドームが完成
    • 『ドラゴンクエストIII』発売、初日で100万本を完売
  • 1989年

    • 昭和天皇崩御、元号が“昭和”から“平成”に
    • 美空ひばり氏、手塚治虫氏が死去
    • 消費税制度(税率3パーセント)がスタート
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